威風堂々

春から社会人

バイトの振り返り

2/28でアルバイト先を退職しました。クリーニングに出した制服も返却し、LINEのグループも昨日抜け、これで完全に終了しました。そして晴れて4月の就職まで1ヶ月のモラトリアムを得ました。思い返せばオケをやめて2019年の2/16からバイト先にはお世話になっていたので3年以上の時を過ごしたことになります。

冷静になれば3年以上在籍してたって凄いですよね。生まれた赤ちゃんは喋れるように歩けるようになるし、入学した高校生は卒業して大学生になるし、とにかく3年は重いです。それでもまあなんだかんだ文句も言いつつ3年間はあっという間でした。

少なくともオケを辞めた時点で私の大学生活の友人関係は一旦リセットされているので今に至るまでそれなりに楽しく過ごせてきたのはアルバイト先の同僚たちのおかげだというのは間違いありません。仲良くしてくれた彼らがいなかったら私の大学生活は本当にライブに行ったこと以外一つも思い出がなかったかもしれません。

一昨年の3月、私が特に仲良かったと思っていた人が卒業で退職して以来、私は目標のひとつとして「惜しまれて辞めたい」というものを心の中で掲げていました。一昨年のその人や去年の3月に辞めた同僚、それに去年の10月に辞めた同僚、私の仲の良かった同僚が辞める時は私は毎回毎回辞めないで欲しいなと思っていました。私も辞める時にはそう思われたいなという気持ちで後半の2年間は働いてきました。

最後の日、10月に辞めた同僚がわざわざ滋賀の実家から買い物に来てくれて泣きそうになりました。本当に報われた気持ちです。閉店してから寄せ書きとお菓子をもらいました。私も3年間いましたが、辞める時にここまでよくしてもらってる人は1人も見ませんでした。続けてきてよかった。目標は達成できたかな。幸せ者でした。

 

仲の良かった人が辞めた直後は特にですが、私は基本的に2年半くらい辞めたいなーと思いながらも惰性で続けていました。でも結局最後まで続けてきたのはやっぱり居心地が良かったんだと思います。惰性でも本当に嫌なら辞めてたでしょうし。文句言いつつも結局好きだったんですね。今はまだ辞めた実感が湧いていません。就職したら湧いてくるんでしょうか。それともこのまま特に感慨もなく終わるんでしょうか。まあとにかく3年間本当にお世話になりました。社会には色々な人がいて、接し方を学べたという意味では変え難い経験でしたし、単純に楽しい3年間でもありました。ありがとうございました。

京都東京高速バス談義

せっかく高速バスを利用する4年間を過ごしてきたので個人的な知見をまとめようと思います。基本的に京都と東京の間を移動する前提ですが、大阪や神戸、横浜など周辺都市でもある程度は成り立ちます。

 

1.乗車場所

東京側の主な乗車場所として挙げられるのがバスタ新宿と東京駅の鍛治橋駐車場でしょう。たまに池袋サンシャインとか秋葉原駅前とかその他もろもろもありますが基本的にはこの2箇所になるでしょう。

バスタ新宿Wi-Fiがある、屋内施設というこの2点だけで非常に優れています。建物やトイレも綺麗です。建物内にファミマもあります。

対して鍛治橋駐車場は屋外施設で待合スペースもろくにない欠陥施設です。特にこだわりがないならバスタ新宿をおすすめします。ただバスタ新宿はやたら混む点だけはいただけません。あと2つともの乗車地を通過する場合大抵は鍛治橋駐車場が先なので先に乗ってリクライニング倒したい、座席上の荷物置き場を優先的に使いたいという場合は鍛治橋駐車場の方がいいかもしれません。

 

京都側については八条口烏丸口の2パターンありますが大差ないので別にどこからでも乗ればいいと思います。烏丸口から出てるバスは多分全部JRバスなんじゃないかと思います。烏丸口の方が各地へのアクセスが少し便利なくらいか。

 

2.昼行か夜行か

目的によるとしか言いようがありませんが私は昼行の方が楽なので使える時は昼行バスを利用したいです。何せ夜行バスでは寝ることを強いられますし、することと言えば音楽を聴くくらいしかできません。それでいて高速バスはろくな環境では無いので満足に寝れずストレスが貯まります。昼行バスならWi-Fiが付いてることも多いです。更に大体ガラガラなので土日でもない限り確実に隣はいません。問題点は昼行の方が高い傾向があるくらいでしょう。そして着く頃には夕方なので宿を確保する必要があります。結果的にかなり高くなるかもしれません。

 

3.バス選びのポイント

①4列標準、4列足元広め、3列独立

大体はこの順に高くなっていく傾向があります。本当に金がないなら4列標準です。これなら2000円くらいからあります。安い時は2000円切ってたかもしれません。ただ足元が狭いというのは結構なストレスなので気をつけましょう。あと当然ですが値段が安いほど乗客の民度もクソです。まあ夜行バスなんか使ってる時点でみんなピンチケですけど。隣が臭い、うるさい、デブなせいでこっちまではみ出してくる、酒を飲み出す、ここら辺は経験があります。この世の終わりのような空間です。

個人的には4列足元広めをおすすめします。4列標準より足元や座席の横幅が少し広いです。価格帯は3000円くらいからです。

3列独立は諸説あります。私は一時期3列独立が至高だと思ってましたが、基本的に横に独立した3席が並ぶので席間が狭く、前の方の座席になると休憩中に降りる客にいちいちぶつかられたりします。自分の出入りもなかなかに不便です。それでいて価格も4000円くらいからなのであまりお得感がありません。強いて言うなら隣席ガチャを回さなくていい点は優れています。

②発車時間、到着時間

これは当然です。目的に合わせて時間を選びましょう。到着がバスタ新宿とかならWi-Fiもあるのである程度時間調整はできますが、朝5時に鍛治橋駐車場に放り出されると結構困ります。あと夜9時くらいがバスタ新宿が1番混んでる印象があります。この時間だと早めに着いても椅子に座れません。

③神戸が入ってるか

これはまあオプション的な感じですが乗降地に神戸が入ってないバスも多いため、神戸に行きたい人は神戸に行くバスに当然乗ります。神戸に行くバスは京都大阪にも停まるため結果的に混みやすい傾向があるように感じます。そもそも入ってなくても混む事は往々にしてあるのであんまり関係ないと言えばないです。でも隣席がいないという幸運の確率を少しでも上げたいなら避けた方がいいかもしれません。

④座席指定ができるか

窓側、通路側というのは個人の好みですが、私は窓側の方が好きです。基本的に私は休憩中は降りないので、自分が通路側の時に窓側の人が降りるとなると一度立たなきゃいけなくて面倒です。逆に通路側のメリットは気兼ねせず席を立てることです。そして走行中は足を投げ出せることでしょう。

乗用してるうちに自分の好みも分かってくるので座席指定ができれば自分で選択することが出来ていいですね。ちなみに体感ですが座席指定ができない場合、早く予約した方が窓側になりやすい気がします。あくまで体感なので気のせいかもしれません。

座席位置が前か後ろかということについては最前じゃなければいいと思います。最前は冬はめちゃくちゃ寒いしバス会社によっては最前だけ席が狭かったりします。まあ逆に最前だけ広い場合もあるのでこれはなんとも言えません。これについてはほぼ確実に予約が遅いほど前になる気がします。あとは下車地が早いほど前になる傾向もありそうです。

 

4.バス予約時期

コロナの時代においても夜行バスは利用客より運行数の方が多く、席はギリギリまで埋まらなかったりします。基本的にはギリギリの方が安くなることが多いのでこれはチキンレースになります。いつが1番安くなるか、いつまでなら席が埋まらないかの見極めが重要ですがこれは経験を積んでいくしかありません。ただコロナになってからは利用者が減ったのか昔より簡単になりました。

現在はどうかはわかりませんが3連休前日とかだと夜行バスですらかなり値段が高くなります。こういう場合では値段が高くとも早く埋まってしまう可能性があるのでお気に入りの会社があるなら例外的に早めにとる方がいいかもしれません。

 

5.個人的なおすすめ

場合によりますが、昼行ならWILLER、夜行4列ならさくら観光、夜行足元広め4列ならオリオンバスです。3列独立は経験が乏しいのであまり分かりません。使う時はJAMJAMライナーだったような気がします。

 

まず昼行のWILLERですが4列足元広めな上に安いです。この区間の昼行ならほぼJRバスとの選択になるのですが、個人的にJRバスは乗り心地が最悪で値段も高いのでありえません。WILLERは連休でも現在なら4000円近くまで下がるのでそのタイミングでとるのがいいと思います。更に平日なら確実に隣がいないので2席使えます。

さくら観光ですが、値段とクオリティのバランスがとれた非常にいい会社です。1番優れているのは4列普通の割には足元が広い点です。最安ラインはKBライナーとかになるのですが、やはり乗り心地はあまりよくありません。ここら辺は値段でほぼクオリティが変わることはないのですがさくら観光だけは頭1つ抜けている気がします。

オリオンバスのいい所は最初からリクライニングが倒されているところ、コロナ禍になってからは隣のシートとの間に仕切りが出来たところです。仕切りに関しては太っている人にとっては邪魔かもしれませんが、私なんかは体がはみ出している人間のことは本当に不愉快だったので助かっています。

まあ会社に関しては割と好みでしょう。

 

こんなところだと思います。前提として夜行バスは決して乗り心地がいい乗り物では無いので使わなくていいなら使いたくないですね。代替手段を考えるなら、時期にもよりますが
時間で言えば新幹線>飛行機>夜行バス≧鈍行
費用で言えば鈍行>夜行バス>飛行機≧新幹線
快適さで言えば新幹線>飛行機>鈍行>夜行バス
ですかね。京都→東京であまり飛行機という手段は思考から外れがちですが思ったより安く行けるので考える価値はあると思います。

4年間遠征生活大変でした。もうしばらく遠征はしたくないですね。やっぱり1番は東京に住むことです。

オタクの外見

予めことわっておくと今日はヘイトスピーチです。

 

 

オタクは気持ち悪いものなんですが、その気持ち悪さの原因の一つは外見の気持ち悪さにあります。生まれ持った外見の気持ち悪さというのはある程度しょうがないところもあるとは思います。男のオタクでも化粧とかすればある程度どうにかなるのかもしれませんがやっぱり顔が元々整っている人とは比べるべくもありません。整形はハードルが高いしね。ある程度努力でどうにかなる範囲もあります。例えば顔のニキビだったり、ハゲだったり、体型だったり。ここら辺もまあ体質によるところも大きいので仕方ない部分とも言えるかもしれません。別にルッキズムを語りたい訳では無いし、私自身もイケメンでは無いヒョロガリなので今日はこれが本題ではありません。

 

ただそれは置いておいて、簡単にどうにかなるところでオタクって気持ち悪いんですよね。例えば服装。例えば髪型。例えば眼鏡。ここら辺は努力とかじゃなくて少し意識すればその日のうちからどうにかなるものです。

例として服装の話をしましょう。まず前提として持ち物です。明らかにオタクグッズを身につけているのは論外です。でかいぬいぐるみ、缶バッジ、隠すことの無いフルグラフィックTシャツ。誰が見ても一目でオタクとわかるような代物です。これは物の可愛さとかじゃなくてオタクが一般人の視線を気にしていないという証左であってちょっときついな〜というあれです。あと私のオタク人生の経験則として野球見に行くんでもないのにトートバッグやユニフォームなど野球グッズを身につけているのは8割オタクです。

ここまであからさまじゃなくてもオタクはズボンはジーンズか黒のスキニーばっかりです。リュックにはポスターが刺さっています。オタクのスタンダードがチェックシャツ扱いされていたのも数年前の話になりましたか。チーズ牛丼の流行りとともにに廃れた扱いな気がしますが、チェックシャツも同じ類の話です。

こういうオタクの多い現場の最たる例がラブライブです。私はラブライブ現場に行くたびに「ああこの人達と一緒なのか…」という絶望感に苛まれます。なんて言うかオタク丸出しなんですよね。オタクという存在が悪だとは言いませんが、やっぱりオタクが気持ち悪いという事実は自覚しておくべきで、気持ち悪いなりに取り繕うことも必要だと思います。そういうことすらしてない人が多すぎます。

私も数年前まではどうでもいいと思っていましたが、もう大学も卒業して社会人になるいい大人なので多少はそういうことを気にするようになりました。もし今後ともオタクとして生きていかざるを得ないとして、やっぱり外見から「ああオタクだな」と思われるような人間にはなりたくないという思いが強いです。

もちろん他人の目線なんてどうでもいい、自分が楽しければいいという考えも理解できます。ただそれを見た周りの人間がこういうふうに思っているというのもまた事実なので。私はそこまで盲目にはなれません。

オタクとして中身を変えられないならせめて外側からでも変えることはある程度必要なんじゃないでしょうか。外見ばかりで中身を見てくれないみたいな言説はよくありますが、中身が良ければそれは多少は外見にも表れてくるもので、結局まやかしなんですよね。それと同じです。私も自覚的に生きていきたいなと最近また思いました。

失恋

こういう話を書き起すのもどうかとは思うがこういう新鮮な気持ちを残すことでなにか得られるものがあるかもしれない。

 

 

初めての失恋をしました。初めてと言っても別に初めて人を好きになった訳ではありません。私も男なので女の人を好きになったことは何回かあります。それでも別に何かアクションを起こすでもなく、見ているだけでした。思えば何も無く過ぎ去って行ってもしょうがないと思えるほどの感情は恋ではなかったのかもしれません。

大学に入ってから私はまた女の人のことが好きになりました。相手はバイト先の同僚です。はじめは今までと同じようにうっすらと好きだなーと思っていただけでした。ただ「かなり好きだ」と気づいたのか至ったのか、そのきっかけはコロナ禍でした。ライブに行くことがなくなり自分を見つめ直す時間が増えました。バイト先に向ける思考が増えました。その中で私はこの人となら一緒にいたいかもという思いに至りました。気の早い話ではありますが私に結婚願望があったのも大きくて、言ってしまえばこの人と結婚したいかも、という思いがありました。もっと言うならここでチャンスを逃したらもうこの先結婚したいと思える出会いが無いかもしれないという思いもありました。

2020年の初夏から2人で食事に何回か行きました。そして8月に告白しました。結果は振られたわけです。ただそれでも諦めきれない。この感情が生まれた時今までとは違うなと思いました。本当の意味での私の初恋はこの人だったのかもしれません。

それから少しぎこちない期間もありましたがまた友達として仲のいい同僚として過ごしてきました。食事も一緒に行きました。3回生の終わりくらいから相手が忙しくなり、そういう機会もなくなりましたが私は相変わらず彼女のことが好きでした。

最初に振られてから私は身なりに気を使うようになりました。眉毛を整え、床屋を変え、ぎこちないながらもワックスの付け方を覚え、ずっと気になっていた眼瞼下垂の手術を受け、少しでも見てくれを良くしようとしました。それでも自分に一切自信は湧かないしもうそういう星の元に生まれてきたのでしょう。イケメンに生まれたかった。

そんなこんなで時は過ぎ今に至ります。私も4回生になり、就職を控えてバイトを辞める時が来ました。彼女は院に行くそうでバイトを続けるみたいです。

バイト最後の日に自分の気持ちにケジメをつける意味でももう1回告白しようかなと思っていました。結局は告白しなかったけどケジメはつきました。しなかったのも何個か理由はあるのですが1番は早く相手が帰りたそうにしていたからです。勝算云々で告白を考えていた訳では無いですが、色々な行動の端々からまあ何も無いだろうなと悟って自分の中で納得したので。一昨年振られた時には家で泣きました。自分の惨めさが本当に辛くて。私の人生の転換点の1つでした。でも今回はバイトを辞める瞬間も含めて泣かなかった。私の心の中では実は既に終わっていたのかもしれません。

 

 

向こうからしてもバイト先で12を争うくらいには仲のいい同僚ではあったと思います。多分友達でもあったとは思います。でもどこまで行ってもそれで止まる存在として認識されていたんでしょうね。他の人との接し方を見ていていろいろ悔しいこともありました。私だけにする態度みたいなのもあったように思うのですが、今思えばそこに表れている親密さはきっと友達に対するもので恋愛対象に対するものではなかったのでしょう。

 

私自身が結構特定の人に執着する嫌いがあるのはもう明らかな事なんですが、バイトしていた後半の2年間は本当にその人に執着していました。その人とシフトが被れば露骨にやる気が上がるし、逆にいない日はテンションが低い。自分のレジに買い物に来てくれたら嬉しい。その人が他の男の同僚と話していればモヤモヤする。でも実際にこうやっていろんな意味で終わった今となっては気持ちも落ち着いています。確かにいい人ではあったけど100点満点でこの人しかいないって訳ではなかったなとも今では思います。盲目になっていたんでしょうね。いい人だったのは間違いないです。欠点もそりゃ見えていましたけどそれを含めても本当に好きだなと思える人でした。でも別に世界の全てではなかった。真面目な人ほど一途みたいな話はありますが自分で言うのもなんですが実際そうなのかもしれません。

 

それとは別で多分私はこれが終わったことでいよいよ本格的に独身のまま生きていくルートに入ったと思います。私自身の性格からしても多分本当に相手のことを知って好きになった人としか続かないのでお見合い結婚やマッチングアプリといったもので繋がることはできないでしょう。あるなら恋愛結婚ですが、多分普通に社会人生活を送っている分にはそういった出会いはない。私自身にアクションを起こす意志がないので結婚なんて夢のまた夢でしょう。そもそも妥協して結婚するくらいなら独身でもいいかという境地に至っているので理想が高いこともあります。

 

 

本題に戻ります。恋愛は人を成長させると言いますが、これは確かにそうかもしれません。まず前述の通り身なりに気を遣うようになりました。そんなことは人間として最低限のことなのは確かですが、ダメ人間がある程度真人間に近付く機会になりました。次に精神的に成長しました。相手にどう思われるかといったことを今まで以上に考えるようになりました。ストレスも大きかったですが、これに耐える忍耐力や精神力も身につきました。告白というのも大きい経験でした。一度やったことがあればまあ仕方は分かるようになるのかもしれません。

 

 

私は小中高大とずっと共学で生きてきて、恋愛経験もろくにない駄目人間なので次があるかは分かりませんが、今回の反省は今後の人生に活かしていきたいと思います。それとは別になんだかんだ総括して楽しい3年間を過ごさせてくれたその女性に感謝したいです。ありがとうございました。

 

そして誇れる生き方をしたいなと思いました。最後は色々辛くて死にたいというような気持ちにもなりましたが、生きていかなきゃいけないならそれこそモテるような、金を持っていて多趣味で頭がいい社交的な人間を目指したいなと。とにかく私の人生観はこの2年で大きく変わりました。もう22か、まだ22か、少なくとも高校生ほど何もかも簡単に取り返せる年齢ではないとは思いますが、まだ若い。これから可能な範囲で自分の生き方を修正していきたいです。

 

4年間が終わる

早いものでもう大学の4年間が終わります。振り返ればいろいろなことがありました。

今1番考えることはもっと勉強してみたかったなです。じゃあ院行けという話なんですが、実際、院は行きたい気持ちもありました。

と言っても私がやりたかったのはやっぱりあくまで理系的な意味の研究で、行きたかった院は法科大学院ではありませんでした。私のイメージではやはり文系の研究は文章と向き合ってやるもので、理系のように新しい物事を生み出していくものではありません。私がやりたかったのは後者でした。

大学4年間でやはり文理選択を間違えたなという思いは強かったです。高校時代においては別に理系科目が苦手だったわけでもなく、文系にしたことにも特に深い意味はありませんでした。だから自業自得と言ってしまえばそれでおしまいです。

強いて言うなら私が文系でやりたかったことは文学部の分野でした。哲学や社会学、私の本来の興味分野はそっちでした。でも親の意向で法学部に進み、実際法学も結構楽しかったですけど、まあそれで終わりです。振り返っても見れば私は大学でやりたいことも出来ず、終わってしまいました。

正直理系にすればよかったなという思いは高3の時からありました。人生を決める選択を軽率にしすぎたツケというのはやはりどこかで来るものですね。それから私はどうも人生にやる気が持てなくなりました。

高校生に人生を左右するような選択をさせるのは酷だというのも一面では事実です。やっぱり大学で法学やってみて、違うなと思いました。でもそこから別の事をやり始めるのは普通の人では無いわけです。私はなんだかんだレールに沿って生きるのは得意でも道を外れるのは苦手だったみたいです。

結局私の大学生活は受験生時代から既にもう輝かしいものではなかったのかもしれません。

できることなら生物系の研究がしたかったなあと1回生の頃から思っています。本当にやる気があるならその1回生の頃から舵を切ればまだなんとかなったかもしれませんが、あいにく私はろくでもない人間で、そんなことは出来ませんでした。

私は今日も院に行くバイトの同僚を羨み、妬み、嫉み、尊敬し、そんな自分をみっともなく思います。

 

間違えちゃったなあ。

金溶かしゲーム

私は自分のことをなかなかに終わっている人間だと思っているのですが、その一端がソシャゲへの課金にあります。重課金というほどは課金してないんですけど期間を考えたら微課金では済まないくらいにはソシャゲに課金してきました。

 

私が最初に遊んだソシャゲはぷよぷよクエストでした。中3の頃です。思えば中3から課金を始めているので終わっている度が高い。それまではお年玉は1円も手をつけずに貯金していたのですがこのゲームへの課金でお年玉を使うようになりました。もう昔なのでよく覚えていませんが累計で5万円くらいは課金したんじゃないでしょうか。プレイ期間は高1の初め頃までだったので約1年くらいです。

余談ですがこのゲームにはギルドシステムがありまして、中3の餓鬼だった私はTwitterやBBSで非常に波風を立てていました。まあこれについては若気の至りということで。これだけでひとつ記事書けるくらいのネタなのですがあんまり世に出せないくらいの黒歴史なので今のところ書く予定は無いです。

ぷよクエをなんでやめたかは覚えてません。インフレが馬鹿らしくなったんだった気もします。あれだけハイペースでインフレして今まで続いているのが凄い。今どうなってるんですかね。

 

さてぷよクエをやめて次に始めたのが白猫プロジェクトでした。どうしてインフレゲームの代表ばかりにこうも手を出してしまうのか。これには5万円くらいは課金したんじゃないでしょうか。これもよく覚えてません。白猫はめちゃくちゃ石配ってくれるゲームだったのにあんなに課金してたのは結構馬鹿らしいですね。プレイ期間は高1〜高2の半ばくらいだったので1年半くらいです。

中学生はもちろんですが私の高校はバイト禁止だったので当然この課金もお年玉貯金から出ています。ただこの頃は管理が親だったのでまだ際限なくという訳には行かず控えめです。高校生の5万円が控えめか?

このゲームをやめた理由はしっかり覚えてて、急速なインフレと石配りが減って行ったからです。あれも結構面白いゲームだったしもう少しインフレを抑えながら発展させていってほしかった。

ただガチャ被りの凸システムもないし石も大量に配ってくれていたのでこのゲームは無課金者に優しかった。その点で課金の馬鹿らしさはかなり高いです。

 

白猫をやめて始めたのがデレステでした。これは大学2年生までやってたので足掛け3年半くらいやってたことになります。受験生時代に一時やめてたのですが結局10月くらいに再開してしまいました。この頃にはもうソシャゲ依存症だったのかもしれません。正直いくら課金したかは覚えてません。20万円くらいしたかもしれない。おかげで一時期はかなり強かった。大学生になってタガが外れたように課金しまくったので額が膨れ上がっています。

なんでやめたかと言えば声優の結婚でシンデレラのコンテンツ自体が割と馬鹿らしくなったのと途中から並行してやってたシャニマスに熱をあげるようになったから。

ただデレステへの課金はあんまり後悔していません。当時はそれだけの熱量を持ってたしまあしょうがないかなーってくらいです。

 

ということで話に出たシャニマスです。これは大学2年半ばから大学4年の半ばまでやってたので2年くらいです。課金額はこれも20万円以上いってると思います。もしかしたら30万円まで行ってるかも。この時もタガが外れてました。このゲームは本当に課金ゲーでした。凸システムもあるし限定連発、金を出せば出すほど強くなるゲームの典型でした。それでいてゲームシステムはゴミです。物好きを除けばシャイニーカラーズというコンテンツ力だけでもっていたようなゲームでした。実際私もそのコンテンツ力に相当な熱をあげて「クソゲークソゲー」言いながら課金していたわけです。

結局なんでやめたかってこれも声優の彼氏バレや運営のクソさで馬鹿らしくなったからです。一時期はランキングイベント寝る間も惜しんで走ったこともあったのですがそれ以降割と燃え尽き気味で惰性でやっていたところもありました。というかこのシャニマスを離れたと同時にアイマスへの熱もだいぶ冷めました。

 

とまあ振り返ってみれば課金しても結構あっさりやめたゲームが多い印象です。この他にも数千円〜1万円くらいだけ課金したゲームは何個かあります。なんやかんやで50万円くらいは余裕でソシャゲに課金してきたみたいです。50万円あれば〜ができるというのは禁句です。こうは言うものの当時は楽しんで遊んでたわけですし別に後悔してはないです。ただその金を今やってる原神に課金してればと思うことは少しある。

 

いつの間にかハードで完結してるゲームよりも長くやれるソシャゲの方が楽しくなってしまいました。ポケモンですら20〜30時間ほどあれば余裕でクリアできる訳でその点ソシャゲはもっと時間をかけられる点は優れていると思います。でもここまで言っても課金はしない方がいいに決まってるんですよね。そのせいで今金に困ってるし。ソシャゲやめたいってずっと言ってるんですがもう依存症になってしまっていてやめられません。

 

 

 

ところでプリチャン見進めていますが、金森まりあが好きすぎて狂ってます。久しぶりにこんなに好きなキャラに出会いました。

プリパラのソシャゲはいつ出るんですかね。

終わってるバイト先

バイト先の愚痴を言い続けてはや3年、あと3ヶ月で卒業ということでようやくバイトからも解放されます。

振り返ればスーパーマーケットでバイトしたことで世の中にはいろいろな人がいることを知りました。カスみたいな客も多かったですが、こんなゴミみたいな世の中にもいい人はある程度(体感20人に1人くらい)はいることも分かりました。そして自分もその「いい人」になれるように努めるようになりました。

 

まあ今日の本題はそんな総括ではなく、むしろ内側、同僚のパートタイマーの方。

これは大いに偏見ではありますが、いい歳してスーパーマーケットでパートタイマーをやっている主婦の方々は大半はきっと学がないんだろうと思っています。というか接していると実際にそれを感じます。学というか恐らくまともに社会に出て会社とかで働いたことがないせいで精神年齢が学生で止まっているような人が多い。それでいて大学生の子供がいたりするんだからびっくりです。

結局そういう人はまともに相手したら負けだなというのもこの3年で得た学びの1つです。議論が成り立たない、非を認めない、自己弁護しかしない。小学生の喧嘩かよ。そういう人に対しては哀れみを持って接すると精神衛生的に少しマシに思えます。「ああこの人こんないい歳してこんな性格なんてよほど可哀想な人生を送ってきたんだろうな」と考えれば多少心に余裕が持てます。多少ですが。ただまともに相手しないとなると泣き寝入りせざるを得ないという話もあります。結局正直者が馬鹿を見る世界なのはどうしようもないのかもしれません。スーパーマーケットの1店舗とかいう猿山の中でボス猿を気取っている生き物をどうにかしようという方が間違いかもと思うようになりました。

 

もうひとつ、そういう人を見るとやっぱりこういう人間にだけはなりたくないなと強く思います。私自身特に高校時代は方々に喧嘩を売り奔放に生きてきましたが、バイトを始めてからある程度思うところがあり多少は大人しくなりました。ただ性格がそう簡単に変わる訳もなく、まだ言いたいことは言うみたいなところはあるわけです。でもこういう性格を矯正せず生きていくときっと今のバイト先のパートタイマーみたいなモンスターが生まれてしまうんだろうなと最近怯えています。私自身あんな化け物になりたくは無いのである程度社会に迎合していくことも大事だなと思うようになりました。これも成長、社会化でしょう。

もうすぐ社会人になるわけで、丸くなるということをテーマにあと3ヶ月生きてみようと思っています。言いたいことを言うというのも大事ではありますが、これが下手くそな生き方なのは明白ですし、何よりいつも損することが多い生き方でもあります。これはそう生きてきた実感です。こうやって日本人の顔色伺い文化が強制されていくのかもしれませんが、私も名実ともにもうすぐ自立した大人になる訳ですし、大人になることが必要なのかもしれません。「大人」になることが正しいかは分かりませんが少なくとも私にはその姿勢が必要だろうというのは確かです。

 

ろくでもないバイトではありましたがいろいろな学びを得たし考えることも多かった。このバイトをやって良かったなとは思います。ただもう1回バイト探すなら二度と接客業はやりません。もうコリゴリです。