威風堂々

大学生の自己満雑記 ブログ名はそうありたいという願望

他の曲も聞け

私はアイドルオタクの同僚に話の流れで声優が好きということを話しているのですが、このドルオタの同僚の口が軽いもので、私が声豚だということは恐らく結構バイト内で広まっている気がする。と言っても多分北海道まで遠征したり、何公演かのツアーを全通するほどにオタクだとは想像されていないのではないかと思うのでまあそれくらいならいい。

 

この間当該ドルオタさんと話していた時、私がアニオタであるという前提で話されたのだが、声豚とアニオタは違う。だがもしここで「いやアニオタと声優のオタクは違ってですねデフュw」なんて言おうものなら次の日からバイトに行けなくなるので私はスルーしました。

 

私はまあアニメもそれなりに見るけれどあくまで声優のオタク、もっと言えばアーティスト声優のオタクであって本質はアニオタよりはむしろドルオタに近い。同じ穴の狢です。

 

この間ツイートしたのですが私は声優のオタクというよりは、声と顔がいい人が好きなだけです。もっと言えば曲の強さとかも大事ですが、極論声優でなくてもいいわけです。世の中には=Loveとか22/7とかのそこでしか見ない、自称声優がいますが私から言わせれば彼女たちも普通に好きの対象です。ナナニジは手を出してないので知らないですがイコラブは私は普通に好きです。曲もいいし顔もいいし、声優を自称するだけあって声もいい。アーティスト声優を追っているようなオタクにとってはその人が声優かどうかなんてのは些細な問題であって取っ掛りでしかないわけです。「あっこの人声優だから聞いてみよう」「この人は声優じゃないのか、まあ聞かなくてもいいか」みたいな選別があるとしても、そこを超えてしまえば同じ土俵にある訳です。

 

だから言ってしまえば事前に声優だと知らされないで曲を聞かされれば、声と曲が良ければ普通に好きになる可能性は高い。1人だけを熱心に追うタイプなら別ですが、基本的に「声優」「アイドル」みたいな広い括りのオタクは別に声優だから好き、アイドルだから好きってことではなくて、声優の曲だから聞いてみよう、アイドルの曲だから聞いてみようって言うのに過ぎません。誤解を恐れず言えば先入観、偏見で聞く曲を決めているだけの人たちです。

 

アイドル声優っていう言葉が割と大衆に膾炙していることからも分かるように最近の声優は割とアイドルによってきています。それこそイコラブのようにその境目にあるようなグループも存在します。アニメ映画でも俳優が普通に声を当てる時代ですし、そのうちこの境界はもっと曖昧になっていくんじゃないでしょうか。

 

私は最近バンドの曲をいろいろ聞いています。オタクを誤魔化すために一般音楽を聴いているという側面もありますが、他方では普通に新しいジャンルに挑戦してみようという気持ちもあります。Mrs. GREEN APPLEインフェルノを聞いて「いや似非BUMP OF CHICKENじゃんw」とか界隈のオタクに怒られそうなことを思ったりもしましたが、やっぱりたまに違うジャンルの曲を聴くと新しい出会いがあったりして楽しい。今はユニゾンなどのアニオタ声豚とバンドを繋ぐような存在もありますし、レッテルを貼って食わず嫌いをしているオタクは勿体ないなと思います。とりあえず声のオタクは1度ユニゾン聞いた方がいいよ。

変化

長濱ねるさんが表に出てきてくれてとても嬉しいです。彼女のことは卒業の時に初めて知ったのですが顔がどストライクだったのでもう少し早めに知りたかったなあと思っていました。これからまた活躍してくれれば追えるので頑張って欲しい。私は垂れ目が好きだとは前言ったのですが綺麗めな顔ももちろん好きです。長濱ねるとか有村架純とか綺麗めな顔の中でもああいう顔が特に好き。

 

まあそんな人の趣味嗜好に興味ないと思うのですが(私が他人の趣味嗜好に興味が無いので)、アイドルっていうのはいいですね。心が豊かになります。私が追ってるのは声優であってアイドルでは無いのですがまあ似たような部分も多々あります。最近アラフェスの映像を見せられ、5年ぶりくらいに嵐に触れたのですがやっぱりいいなと思いました。私の好きな音楽の原点は小学生の時に好きだった嵐なのでやっぱり懐かしさも感じました。アイドルマスターはアイドルなんですが、まあ所詮2次元と声優コンテンツであってリアルアイドルはまたそれとは違う。言葉では説明できないのですがやっぱりリアルアイドルを追うのは精神的に満たされる。言語化が下手くそなので許してくれ。

 

話は変わりますが最近ソシャゲ断ちができています。ソシャゲ断ちを前にしたのは受験生だったときで、その時はデレステがメインでしたが2ヶ月ほどやめてました。それが限界でその後はまたやるようになりましたが、定期的にソシャゲに飽きる波が来てはソシャゲから数ヶ月離れています。今回もそのうちの1回なだけなのかもしれませんがまあやめているのには変わりない。ソシャゲってやめると生活に余裕ができる。まずガシャにイライラすることがない。デイリーミッションに時間を取られない。イベランの強迫観念にも囚われなくて済む。課金して無駄な出費もしなくて済む。ソシャゲなんてやらない方がマシです。ゲームってのは本来息抜き程度にやるのが正しいのであってそれに生活を支配されるのは本末転倒なので。まあそれでも新しいソシャゲを始めたりしてしまうのは結局中毒なんですよね。やめられるならやめたいと言いつつもやめられないというのが続いています。

代わりに最近はまたあつ森をやっています。パッケージゲームに最後に真剣になったのなんて多分ポケモンXYなんじゃないかというレベルで、ソシャゲをやるようになってからの私はパッケージゲームよりもソシャゲばっかりやっていました。でも良く考えればパッケージゲームの方がどう考えてもコスパがいいし課金しなくても初期投資だけで長く遊べるので素晴らしいですよね。ソシャゲなんてやる暇あるならパッケージゲームやりましょう。まあゲームなんてやらなくて済むならやらない方がいいんですけどね。時間の無駄という点ではどちらも同じなので。

 

特に話のまとめというものもありませんのでこの間撮った可愛いドレミをどうぞ。

 

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当然ポケモンもあつ森も女主人公。男で男選ぶやつ、楽しいのか?

生きてるって最高!

1日で死ぬほどテンションが上下する男。

 

 

こんにちは。

今日は引越しを決めてきました。前から引っ越したいとは言っていたのですが踏ん切りがつかずいつの間にか3回生の夏になっていました。バイト先も大学もターミナル駅も近い。もっと早く引っ越せばよかったな。

今の家の唯一いい点は広さです。間取りみたいなのを正確に把握してないのですが、今日決めてきた家が7.5帖らしくて、そこと比べると推定18帖くらいはありそう。ただ立地がクソすぎるし、何よりユニットバスにウンザリしていたので狭くてもいいです。そもそも一人暮らしって広い家である必要性あんまりないしね。

今まで家の広さに甘えて欲しいものをどんどんと買い込み、物が増えすぎていました。引っ越すにあたって荷物を実家に送ろうと整理したところ、こうなりました。

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下3つは140サイズなのでいかに物が多かったかわかるでしょう。しかもこれで家にあるものの多分半分もありません。逆にこんなにあったことにびっくりしたわ。これを唐突に送り付けられる実家可哀想。もはやテロじゃん。

何はともかく8月頭に引っ越します。じゃあな北白川!

 

あとバイト先の女の子とサシでご飯行くことになりました。久しぶりに女の人とご飯行くので舞い上がっています。上機嫌なのはこれのせいです。

私にとってアニメけいおん!とはなんなのか

好きなアニメは?と聞かれたら私は迷わずけいおん!と答えます。まあ正確にはけいおん!!ですが、一期も二期も傑作に変わりはありません。というか現在のTwitterアカウントを使い始めて5年が経ちますがそこそこの歴があるフォロワーはみんな私がけいおん!大好きだってことを知ってると思います。

 

私がこの作品について感想を書くとクソデカ感情で絶対グチャグチャになってしまうし、ここに記すには余白が狭すぎる。だから今日は感想ではなく私の人生にけいおん!というアニメが残した傷跡の話をします。

 

一言で私にとってのアニメけいおん!を表すなら、間違いなく「青春」です。というかけいおん⇔青春が成立するくらいには私の中でけいおん!の占める部分が大きすぎる。だからこそ私は未だにけいおん!の影から逃れられないでいる。

 

けいおん!の描く青春は現実のようでいて非現実です。部員5人の軽音部は存在しないし、平沢唯みたいな人間が中心になって集団がまとまるとも思えない。活動実績がない軽音部が部として存続して部費まで貰えるかは怪しいし、金持ちがバンドに加入するなんてことも考えにくい。挙げていけばキリがないですがとにかくけいおん!ってのは非現実で、実現するわけが無い、フィクションなんです。

 

でも私はけいおん!にしか青春を見いだせなかった。だから高2の自分なりに最大限頑張った文化祭も、正直物足りなかった。私にとっての青春は最後のライブの後に音楽室で5人で泣き合うものだったし、卒業式の日に卒業ライブをやるものだからだ。そんな青春は現実に存在していない。だから私は満たされない青春の虚像を追い続けていたのだ。

 

そして高校を卒業してしまった現在、万に1つもその青春が達成される可能性は存在しなくなってしまった。私は永遠にけいおん!の青春に囚われ続ける羽目になってしまった。以前に私が青春コンプレックスであることを書いたが、結局全てこれ。私がけいおん!という作品に魅せられてしまった時点で私はもう手に入らない青春の虚像を追い続ける人生を選んでしまったのだ。だからもし満たされた人生を送っていても、青春を得られなかったことは絶対に心のどこかに傷として残ったままだ。

 

私は精神的に辛い時はけいおん!!20話や24話を見て泣いて元気を出す。文字通り補給である。けいおん!を見ている時には私は彼女達の青春を摂取することが出来る。心が満たされる。ある種の中毒状態と言えるかもしれない。

 

私にとってのアニメけいおん!は最も大切で大好きな作品であると同時にトラウマでもあるのだ。

しんどい

別に精神疾患としての鬱病とかではまったくもってないので、本物の人達に対しては申し訳ないといつも思っているのですが、それでも私は間違いなく躁鬱気質があります。というか1度幸せを感じるとそこから落ちるのが怖すぎて些細なことで鬱になってしまうので単なる精神構造の問題なのですが、まあ便宜的に鬱って呼称した方がわかりやすいのでこれを使います。

 

芥川龍之介が遺した「唯ぼんやりした不安」という言葉はあまりに有名ですが、私からしたら逆にぼんやりした不安を抱えないでどうやって生きていけるのかと思います。世間には幸せそうな人達が溢れています。恋人との記念日を祝ったり、仕事が成功したり。そういうのを見ると私は辛くなります。正直イライラします。私は別に人の不幸を喜ぶような人間では無いのですが、人の幸せを喜べる人間でもありません。ルサンチマンです。自分が何もしていないし持っていないから不幸せなのはわかっているのですが、それでもどうしても持つ者に対して嫉妬、憎悪、そういう感情を抱いてしまいます。

 

そういう幸せそうな人達は将来への不安がないんでしょうか。無いわけは無いので、きっと不安より今の幸せが勝ってるんだろうなと思います。私はと言えば、幸せの欠片も掴めていないので毎日将来への不安で押しつぶされそうです。試験、就活、就職してからの人生設計、結婚できるのか、そもそも付き合えるのか、私が好きなあの女の子は実は私のことを嫌いなのではないか…

かなり具体的な話になってしまいましたが、私は基本的にペシミストなのでこういうことを考えながら生きています。女子と話していても実は裏では悪口を言われているのではないか、実はキモイって言われてるんじゃないか、そんなことを考えていては人生が幸せなはずがありません。

ただこれはやっぱり精神構造の問題なのでどうにもならない。結局私に足りていないのは成功体験なんだろうなと思います。女の子とまともに付き合った経験がない、サークルも途中でやめたし大学生活で何かをやり遂げたことも無い。そりゃ自信の欠片も生まれるはずがない。私はきっと大学受験は成功した人間なので勉強にはそれなりに自信を持っています。でもそれだけです。

誰も生き方を教えてもくれないし、恋愛の仕方も教えてくれない。そのくせ優良企業に就職して、家庭を持つのがやはり幸せな人生の雛形であることは変わらない。1度も成功体験がない人間は負のループに陥って何も達成できないまま死んでいくんじゃないかと思います。孤独死はしたくないなあ。

勝ち組は勝ち続けたまま、負け組は負け続けたままです。

こういうのって大いにその人の性格が影響してると思うんですが性格を形づくるのは環境なので結局生まれが全てなんですよね。金的な意味だけではなく、育った環境でその人間性が決まってしまって、結果として人生を決めてしまう。私としては金持ちの家に生まれるのもいいですが、やっぱり陽キャのメンタリティを育める家庭に生まれたかった思いはあります。

 

とか自分の不出来を人や環境のせいにしてるから何も生まないんですよね。自分の人生はこの周回しかないからお試しプレイとかないしセーブリロードもできない。そんな中で何かに挑戦する気概も持ち合わせていません。結局自分はダメな人間で、生産的じゃない。その事を理解しているからさらに生きるのがしんどくなってしまう。誰か助けてくれ。

 

1回泣いたらスッキリするのだが、その1分後にはなんで大人の男が惨めに泣いてるんだろう、泣いても何も解決していないという現実を客観的に見てしまってさらに辛くなってしまうので最近はあまり泣かない。泣くと惨めだから。救いようの無い人生。なぜ生まれてきた。早く死にたい。

あー

私も一応京大生なのでたまには真面目なことを書こうと思います。私自身Twitterでは政治の話するの嫌ってるけど別に政治に無関心って訳でもないしまあブログなら1回くらい許してくれ。都知事選のことです。

私は公務員志望なので縁遠い話では無いですし、そもそも卒業したら十中八九東京に戻るつもりなので都民としても全く他人事ではありません。私は住民票を京都に移してるので投票権は無いですがそういう訳でそれなりに関心を持っています。

選挙って基本的に現職有利なのでまあ普通に考えて小池さんが勝つでしょうね。私も京都市長選は村山さんに入れましたが結局老害の門川が勝ちました。予想はしてましたしそういうもんだろうとはわかっててもやっぱりやりきれないなあって思います。

https://news.yahoo.co.jp/byline/yamaguchikazuomi/20200626-00185158/

さっきこの記事を読みました。まあある種のゴシップ記事みたいなものでどこまで信頼出来るものかは知らないですが私も正直小池さんはどうかなって思ってます。それは前の都知事選の時も同じで消去法的に小池さんになりましたが、やっぱりうーんって感じでした。

まず自分をよく見せることしか考えていない、これは外から見ても本当にそうだなと思います。よく分からない造語や横文字を並べるのが小池さんの代名詞みたいになってますがそんなことはどうでもいいのでちゃんと現実に則した政策をとってください。都政はおもちゃじゃありません。正直カイロ大がどうこうってのもどうでもいいです。別にカイロ大なんか出てなくても仕事してくれれば何も問題ないわけで、そこに噛み付いてるのは学歴コンプか叩きたいメディアだけです。どうでもいい。というか政治家のスキャンダルとか利益誘導とかそういう話もどうでもいい。政治家はタレントじゃないんだから仕事を公正にやってくれれば何も問題ないわけで人倫にもとるようなことがなければ続ければいいと思います。汚職は公正じゃないのでダメですが。

というか政治家が下から政策提起をするような時代じゃなくなったせいでますます官僚の必要性が増していると思います。そんな中で官僚の意思決定プロセスを曲げる政治家は不要でしかないと思います。民主的正当性を担保されてるのはあくまで政治家であって官僚ではないとというのはもっともですが、素人の政治家が素人判断で適当な政策をとるのがいいとは到底思えません。そういう意味で完全なイエスマンもどうかとは思いますが、独善的な政治家は論外です。というか政治家って多分目立ちたがり屋がなるものだからしょうがないんだろうな。

後藤輝樹とかが当選して欲しい訳では無いですが最近の地方選挙はそういうのを除いても魑魅魍魎が跋扈してるような状態でまともな投票先がありません。○産党系はやっぱり信用が置けないしだからと言ってまともな人がいる訳では無い。日本って終わってるなーって思います。

若者の政治的無関心は結局そこに起因してるんであって今の若者が政治の中心世代になれば多少はまともになるのかななんて思ってます。ただその時には若者は若者じゃなくなってるわけで結局老人のための政治が繰り返されそう。結局日本は無駄に寿命を伸ばした老人のための国ってことでしょうね。この国で生きてかなきゃいけないのが悲しい。政治の問題を抜きにしたら日本はいい国だと思うんですけどね。

自慢話

数日前にオタクが「オタクやめたい」って言うのは本当にオタクをやめたいのではなく~的なツイートを見たが、私は本当の意味でオタクをやめたくて「オタクやめたい」と言っている。オタク活動をしている時は楽しいけど、今みたいに虚無の時間になるとマジで死にたくなる。躁鬱病みたいな感じ。オタクって生産的じゃないし楽しくない時に顧みるとマジで死にたくなるんだよな。

 

それはいいとして最近すごい大学生らしいことをしてる。カンボジアに学校を作りました(大嘘)。本当のところはバイト終わり(夜10時)から朝まで喋ったりゲームしたりみたいなことをしている。世の大学生はこんなことを常日頃からしてるのかもしれないけどそりゃ単位も落とすし大学にも来れない。オタク活動してて同じ結果になるんだったら普通にリアルに友達作って遊ぶ方が100万倍有意義なんだよな。

私は元々内向的で友達もそんなに多い方ではないから大学に入ってからもほとんど人と出かけたり遊んだりしたことがないので20年生きてきて初めて青春的な喜びを感じている。友達は多い方がいいね。これはマジ。

 

私がLINEが嫌いなの、普通に業務連絡しか来ないから説が浮上してきました。友達とするLINEは楽しいので。友達が少ないというのは悲しいね。